大判例

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浦和地方裁判所川越支部 昭和41年(ワ)111号 判決

原告

大室仁二

ほか二名

被告

奥多摩建設工業株式会社

ほか三名

主文

一  被告笹下甲子雄、同師岡学は各自原告大室仁二に対し金二九六万九、七一〇円および内金二九二万七、七一〇円に対する昭和四一年一二月二一日から、内金四万二、〇〇〇円に対する昭和四四年四月一日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告大室仁二の被告笹下甲子雄、同師岡学に対するその余の請求および被告奥多摩建設工業株式会社、同山宮恒彦に対する請求をいずれも棄却する。

三  原告大室友吉、同大室とよの請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中

(一)  原告大室仁二と被告笹下甲子雄、同師岡学との間に生じた分はこれを五分し、その三を同原告の、その余は同被告らの連帯負担

(二)  原告大室仁二と被告奥多摩建設工業株式会社、同山宮恒彦との間に生じた分は同原告の負担

(三)  原告大室友吉、同大室とよと被告らとの間に生じた分は同原告らの負担

とする。

五  この判決第一項は、原告大室仁二において、被告笹下甲子雄につき金一〇〇万円、同師岡学につき金七五万円の各担保を供するとき、その被告に対し仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは各自、原告仁二に対し金八〇六万四、〇〇〇円、同友吉、同とよに対しそれぞれ金三〇万円および右各金員に対する昭和四一年一二月二一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する被告らの答弁

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三当事者の主張

一  請求の原因

(一)  (本件事故の発生)

原告仁二(昭和三二年一〇月八日生の男子)は次の交通事故により左大腿挫滅切断創を負い、左大腿を中央部から切断した。

(1) 発生時 昭和三九年一二月二〇日午後一時ごろ

(2) 発生地 川越市幸町五丁目六番地先路上

(3) 加害車 普通貨物自動車(多1・せ・3370号)

(4) 運転者 被告師岡

(5) 被害者 原告仁二

(6) 態様 前記路上を横断歩行中の原告仁二に加害車が接触し、同原告の左大腿部を轢過したもの。

(二)  (責任原因)

1 被告会社の責任

被告会社は採石の製造、販売、貨物自動車による運送等を業とするものであるところ、右採石の運送にあたり惹起することが予想される交通事故による法的責任を免れるため、右企業活動の一部である運送部門を被告山宮、同笹下、同師岡らに委ね、同被告らにおいて会社を設立してこれにあたるよう示唆していたものであるが、事実上は同被告らによる被告会社の砕石の運送を指揮監督し、これを被告会社の企業組織に組入れていたものである。

しかるところ、本件事故は被告師岡が、被告会社の右砕石の運搬業務に従事中にこれを惹起したものであるので、被告会社は本件加害車の運行供用者というべく、自賠法三条により右事故による原告らの損害を賠償すべき責任があるものである。

2 被告山宮、同笹下の責任

被告山宮、同笹下は右被告会社の示唆により、被告師岡らと共に運送業を営む会社の設立を意図したが、その設立前においても、未だ運送事業の免許を受けていないのにかかわらず、共同の事業として、「奥多摩採石工業」なる名称を用いて、主として、前記被告会社の砕石運搬業務に従事していたものであり、本件加害車の車体にも右「奥多摩砕石工業」なる名称が記載されていたものである。

ところで、本件加害車は被告笹下または被告師岡の所有にかかるものであるが、いずれにしても、本件事故は被告師岡が被告山宮、同笹下らとの共同事業に従事中これを惹起したものであるから、被告山宮、同笹下は右加害車の運行供用者として、自賠法三条により原告らの蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

3 被告師岡の責任

被告師岡は右(二)に記載したところから被告山宮、同笹下同様本件加害車の運行供用者としての責任を有するほか、右加害車を運転し、本件事故現場附近道路を南進し、同方向に進行中のバスを追い越そうとした際、前方路上を横断歩行中の原告仁二を発見したにもかかわらず、録音器を吹喉して同被告に注意を喚起したり、徐行をしたりする等の手段をとらず、従前の速度のまま進行し、かつまた、至近距離に至つても急制動の措置すらとらなかつたため、本件事故が発生したものであつて、右事故は被告師岡の自動車運転上の過失に基づくものであることが明らかであるから、同被告は民法七〇九条によるも、右事故により原告らの蒙つた損害を賭償すべき責任がある。

(三)  (損害の発生)

本件事故により原告らは次の損害を蒙つた。

1 原告仁二の損害合計金一、二三七万一、三〇八円

(1) 入院治療費 金一四万一、六一〇円

(2) 入院に伴う諸雑費 金五万円

(3) 義足、松葉杖等

原告仁二は左下肢を大腿部から切断したため、将来義足を具して生活せざるを得ないこととなつた。また、右入院中松葉杖を使用する必要を生じた。右義足、松葉杖購入に支出し、将来支出せざるを得ない費用は次のとおりである。

(1) 本訴提起前に支出した分 金三、七五〇円

(2) 将来支出を要する分 金五三万八、五九四円

原告仁二は本件事故当時満七才であり、昭和四〇年簡易生命表によるとその平均寿命は満七二才である。その間成長期にあたる満二〇才までは毎年、その後四年目毎に義足の買替えを要し、また予備の義足ならびに義足の修理費を要する。その単価、買替回数等は次のとおりである。

イ 満八才より満一四才まで 金二万三、〇〇〇円(七回)

ロ 満一五才より満一九才まで 金二万五、五〇〇円(五回)

ハ 満二〇才より満七二才まで 金二万五、五〇〇円(一三回)

ニ 予備の義足 金二万五、五〇〇円(一三回)

ホ 修理費 年額金四、三七〇円(六七年分)

右イないしホの義足代等の現価をホフマン式計算法により算出すると金五三万八、五九四円となる。

(4) 逸失利益 金八六三万七、三五四円

原告仁二が本件事故による負傷、すなわち、左大腿部以下の切断によつて喪失した得べかりし利益を次により算出すると金八六三万七、三五四円となる。

(稼働可能年数) 五〇年間(満二〇才以降)

(月収) 金四万二、五五一円(常用三〇人以上の常用労働者のある企業体における平均月収)

(身体障害の程度) 労働基準法施行規則別表第二身体障害等級第四級

(稼動能力喪失割合)九二パーセント

(年五分の中間利息控除)ホフマン式計算法

(5) 慰藉料 金三〇〇万円

原告仁二は本件事故により片足切断という生れもつかぬ片輪となり、学令時はもちろん、学業を終え、一般社会人となつても就職、結婚等にその影響は大きく重い負担と忍耐のうちに一生を送らねばならず、この精神的苦痛は甚大である。

これら諸般の事情に照し、原告仁二の精神的苦痛を慰藉すべき額は金三〇〇万円が相当である。

2 原告友吉、同とよの損害 各金三〇万円

原告友吉は原告仁二の実父、同とよは実母であるところ、最愛の子が不具の身となり、その成長過程において、しばしば精神的苦痛を味わされることが確実であり、これを慰藉すべき額としては、少くとも各金三〇万円が相当である。

(四)  損害の填補

原告仁二は本件事故による損害賠償として、金九七万円の自賠責保険金を受領したので、これを同原告の前記損害に充当すると、残額は金一、一四〇万一、三〇八円となる。

(五)  弁護士費用 金一〇六万四、〇〇〇円

原告らは本件事件処理を弁護士舟橋功一、同山口博久に委任し、着手金、報酬金として、各金五三万二、〇〇〇円の支払を約したもので、これも右事故による損害にあたる。

(六)  結論

そこで、被告らに対し、原告仁二は弁護士費用を除く損害の内金七〇〇万円ならびに右弁護士費用金一〇六万四、〇〇〇円の合計金八〇六万四、〇〇〇円、原告友吉、同とよはそれぞれ金三〇万円および右各金員に対する昭和四一年一二月二一日(被告ら全員に対する訴状送達の翌日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

(一)  被告会社の認否

請求原因事実(二)の1は否認、その余は全部不知。

(二)  被告山宮、同笹下、同師岡の認否

請求原因事実(一)は認める。同(二)の2および3は否認する。同(三)、(五)は不知。

三  被告山宮、同笹下、同師岡の抗弁

本件事故は被告師岡の不注意によつて発生したものではなく、原告仁二の過失ならびに第三者の過失が競合して惹起されたものである。すなわち、被告師岡が本件加害車を運転し、時速約二五キロメートルで本件事故現場附近道路にさしかかつた際、前方約一四メートルの左側歩道に佇立していた原告仁二が左右道路の安全を確認することなく、突然斜めに走つて横断を開始し、一旦は右加害車の前方を通り抜けたものの、折柄、対向車線を高速度で進行して来た赤茶色の小型乗用車に接触して加害車の前方約四・二メートルの至近地点に跳ね飛ばされて路上に転倒したため、被告師岡において急制動の措置等をとるも及ばず、本件事故発生に至つたものである。なお、本件加害車に構造上の欠陥、機能の障害は存しなかつたものである。

四  抗弁に対する原告らの認否

すべて争う。

第四証拠関係 〔略〕

理由

一  (本件事故の発生)

本件事故発生に関する原告の主張事実(請求原因(一)の事実)は、原告と被告山宮、同笹下、同師岡との間に争いなく、被告会社との間においては、〔証拠略〕により右主張のとおりの事実が認められる。

二  (責任原因)

〔証拠略〕を総合すると、次のとおりの事実が認められる。

1  被告会社は砕石の製造販売ならびにその運送等を業とする会社であるが、昭和三八年ごろ、砕石運送中の同会社の貨物自動車がしばしば交通事故を起したため、同会社代表者福井栄作はその対策に苦慮し、右運送部門を他に請負わせて、被害者からの法的責任の追求を免れようと考えた。

2  そこで、右福井は、そのころ、自己の知人であり、木材業を営んでいる被告山宮に被告会社の砕石運搬を請負うための運送業をも併せて営むよう示唆したところ、同被告は貨物自動車を所有している被告笹下ほか数名の者にこれを伝えて相談の結果、自己ならびに被告笹下を含む数名の者の共同事業としての運送業を営む会社を発足させ、右福井の申出に応ずることに意見が一致した。

3  そして、被告笹下は、当時自動車運転手として他に雇われて稼働していた自己の甥にあたる被告師岡にも右共同事業の一員となるよう勧めたところ、同被告はこれを了承し、右事業に使用するための貨物自動車を買い求めてこれに参加することとなつた。

4  そこで、被告師岡は、昭和三八年一二月二六日ころ、東京いすゞ自動車株式会社から貨物自動車一台を代金は割賦弁済の方法により昭和四一年一月までに支払うこととして購入した(所有権は代金完済まで売主に留保)が、当時同被告にはそのための資力、信用がなかつたので、被告笹下が連帯保証人となり、かつ、右割賦金の支払のための約束手形を振出した。なお、右自動車の使用の本拠地として被告笹下の住所が自動車登録原簿に登載され、被告笹下方においてその引渡がなされたが、以後現実には被告師岡方に保管されていた。

5  しかして、被告笹下、同師岡その他数名の者がそれぞれ貨物自動車を持ち寄り、将来被告山宮を代表者とする「奥多摩砕石工業株式会社」なる名称の会社を設立することとし、取敢えず、各自動車の車体に「奥多摩砕石」と表示し、昭和三九年初めころから、道路運送法に基づく運送事業の免許を受けていないのにかかわらず、被告笹下、同師岡らは、被告会社の求めに応じ、同会社の砕石運送業務に従事しはじめた。そして、その頭初数カ月間は被告会社からの依頼が多く、被告笹下、同師岡らは専ら右会社の砕石運送にあたつていたが、他の業者等の介入もあり、被告会社においても右他の業者に発注することが多くなつたため、次第に被告笹下、同師岡らに対する依頼が減じ、各自他に仕事を求めるようになつて、本件事故当時においては、被告会社の砕石の運送にあたることは稀となつていた。

なお、被告山宮は右運送の用に供するための車両を所有せず、この間、ときに被告会社から被告笹下、同師岡らに対する依頼の取次をしていたにすぎない。

6  ところで、被告山宮、同笹下、同師岡らは被告会社の運送部門を専属的に請負う目的で、共同事業としての会社の設立を目論んだものであるところ、右のとおりその依頼が減ずるに伴い、次第にそのための熱意が薄れ、本件事故当時にはほとんど立消えの状態となつていたが、依然として、「奥多摩砕石」なる表示を各車体に付したまま、各自がそれぞれ他に仕事を求め、運送の業務に従事していたものである。

7  被告笹下、同師岡らが被告会社の注文に応じた際の運送料金は、各自がなした仕事の量に応じてこれを取得し、被告山宮は何ら利益配分に与つていなかつた。また、各車両はその所有者がそれぞれ自宅に持ち帰つてこれを保管し、右各車両の運行に要するガソリン代等も各自買い求めていたものである。

なお、被告師岡は被告笹下を通じ被告会社の注文に応じていたものであるところ、その取得すべき運送料金も一旦被告笹下においてこれを受領し、前記自動車の割賦代金相当額を差引いた残額を被告師岡に交付していたが、被告会社からの運送依頼が減じ、右割賦金額に不足を生ずるようになつた後は、被告師岡が被告笹下に右不足額を交付し、被告笹下において前記東京いすゞに対する支払にあたつていた。

8  本件事故は、被告師岡が利根川周辺の砂を仕入れ、これを他に売却のため運送中に発生したものであつて、被告会社の依頼による運送業務に従事していたものではない。右事故発生時に被告師岡の運転していた車両、すなわち、本件加害車は同被告が被告笹下の連帯保証により買い受けた前記の貨物自動車である。

なお、右本件加害車の割賦代金は右事故後も順調に支払われて完済され、自動車登録原簿上の使用の本拠地も被告師岡の住所に変更された。

以上の諸事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

そこで、右認定事実に照し、被告らが本件事故の際の本件加害車の運行供用者(自賠法三条)にあたるものと解されるか否かを判断することとする。

(一)  被告会社について

被告会社は、自ら砕石の運送業務にあたることによつて発生することが予想される交通事故による損害賠償債務の負担を回避する目的をもつて、被告笹下、同師岡ら他の業者をしてこれにあたらしめようと図つたものであり、これに応じた同被告らも当初数カ月間はほゞ専属的に被告会社の依頼による運送業務に従事していたものではあるが、その間においても、被告会社の被告笹下、同師岡らの作業の執行についての関与の有無、程度等は証拠上明らかでなく、同会社が本件加害車を含め右作業に使用された車両の運行について支配を及ぼしていたものと推認すべき徴表事実を認むるに足る証拠も存しない。

そして、さらに本件事故当時にあつては、被告笹下、同師岡らにおいて、ときに被告会社の運送依頼に応ずることはあるものの、前記専属的関係はすでに消滅し、同会社との関係は極めて稀薄となつていたものであるうえに、本件事故は、被告師岡が被告会社とは何ら関連のない作業に従事中これを惹起したものである。

そうとすると、被告会社は本件事故当時、本件加害車に対する運行支配も運行利益も有していなかつたものというほかないから、同会社を本件加害車の運行供用者と解することはできないものというべきである。

(二)  被告山宮について

被告山宮は、同笹下、同師岡らと共に運送業を営む会社の設立を意図し、その代表者ともなることが予定されていたものではあるが、右会社設立前に事実上開始された被告笹下、同師岡らの運送業務については、被告会社代表者との知友関係から同会社の運送依頼を同被告らに取次いでいたにすぎず、これにより何らの利益をも得ていなかつたものであるうえに、本件事故当時においては右会社設立の意図も立消え状態となつていたものである。もつとも、本件事故当時、本件加害車の車体に前記会社設立のあつた場合使用すべきことが予定されていた名称が表示されてはいたが、そのことをもつて、被告山宮が本件加害車を含め右被告笹下、同師岡らが運送業務に使用していた車両等の運行について、何らかの影響力を及ぼし得る立場にあつたものと推認することはできず、他にこの点を認むべき証拠もない。

そうとすると、被告山宮も本件加害車の運行供用者と解することはできない。

(三)  被告笹下について

被告笹下は、同師岡のおじにあたり、同山宮らと共に営むべき運送事業に同師岡を勧誘して参加を了承せしめ、自ら連帯保証人となり、かつ、代金支払のための約束手形を自ら振出して同被告の本件加害車購入を積極的に援助し、同車使用の本拠地として自己の住所を登録せしめ、右代金支払ならびに同被告に対する被告会社からの運送作業の発注、運送料金の授受も自己を通じてこれを行い、また、自らも貨物自動車を所有し、その車体には本件加害車と同一の名称を表示して運送業務に従事していたものである。

右によると、被告笹下は、同師岡との身分関係、本件加害車購入についての便宜供与、その代金の支払および被告会社発注の仕事ならびにその料金の授受についての仲介等を通じ、本件加害車運行についての利害関係を有し、かつ、これを支配し得る立場にあつたものと認められ、被告笹下、同師岡の各運送業務を客観的に観察すれば、両被告に関するかぎりこれを共同事業として把えることも可能であり、車体に表示された名称も右共同事業の名称と解し得る余地がある。

もつとも、本件事故当時においては、被告会社からの発注の減少に伴い、これを媒介とする両被告間のかかわり合いの程度は幾分弱まつていたことは否定できず、また、右事故発生時における被告師岡の本件加害車による運送業務につき、被告笹下のあつせん、指示、仲介等があつたことを認むべき証拠はないが、なお、同被告の右加害車運行についての支配関係が失われていたものと解することはできない。

したがつて、同被告は本件事故につき本件加害車の運行供用者としての責任を有するものと認めるのが相当である。

(四)  被告師岡について

被告師岡は本件加害車を購入し、本件事故時においては、代金の割賦支払中のため、形式上その所有権が売主である前記東京いすゞに留保されていたものの、実質上これを所有していたものであり、かつ、自らの営業のためこれを運転中本件事故を惹起したものであるから、同被告が自賠法三条の運行供用者にあたることは明らかである。

右(一)、(二)により、被告会社および被告山宮に対する原告らの本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないことに帰するから、以下被告笹下、同師岡に対する請求について判断する。

三  (被告笹下、同師岡の抗弁について)

被告笹下、同師岡は、抗弁として、本件事故について自賠法三条但書による免責を主張するところ、右抗弁は、原告仁二が本件事故の直前本件加害車の対向車に接触して右加害車の直前に跳ね飛ばされたことが前提とされるものである。

しかして、〔証拠略〕中には、右主張に沿う供述があり、本件事故の捜査にあたつた警察官である証人小峰貞治の証言中には、右事故の直後原告仁二に接触した対向車があつた旨を述べた小児があり、また、原告仁二もこれを認めたという趣旨の部分もあるが、右被告師岡の供述は、右小峰の証言を考慮しても、右事実を否定する趣旨の同事故の目撃者である証人貫井孝宥の証言、原告仁二の供述および本件事故直後原告仁二を診察した医師である証人栗城至誠の同原告には左大腿挫滅切断創以外の負傷は認められなかつた旨の証言に照してにわかに措信しがたく、他に前記被告笹下、同師岡の主張事実を認めるに足る的確な証拠はない。

もつとも、〔証拠略〕によると、本件事故にかかる被告師岡に対する業務上過失傷害被疑事件について、浦和地方検察庁川越支部検査官はこれを不起訴処分とし、原告仁二(親権者原告友吉、同とよ)は右処分を不服として川越検察審査会に審査を申立てたところ、同審査会も原告仁二の供述調書等を参酌して被告師岡の弁解をほぼ真実に合致するものと認め、右不起訴処分は相当である旨の議決をなしたことが明らかであるが、右原告仁二の供述調書の内容、その作成状況等は証拠上不明であり、前記検査官の不起訴処分、これを相当とする検察審査会の議決の存在をもつて、被告笹下、同師岡の抗弁の立証があつたものと認めることはできない。

そうとすると、被告笹下、同師岡の免責の抗弁は、結局その立証がないことに帰するから、両被告は自賠法三条本文により本件事故により発生した損害の賠償をなすべき責任を有するものといわざるを得ない。

四  (損害)

(一)  原告仁二の損害について

1  入院治療費

(1) 第一回分 金一〇万三、八一〇円

(2) 第二回分 金三万七、八〇〇円

〔証拠略〕を総合すると、原告仁二は本件事故後直ちに川越市内の赤心堂病院に入院して昭和四〇年一月末日同病院を退院し、引続き同年二月二二日まで通院治療を受け、その間の入院治療費として金一〇万三、八一〇円を支払つたこと、その後昭和四四年三月中に変形治ゆした骨折部分の再手術のため、同病院に少くとも一四日間入院して治療を受け、その入院治療費として少くとも金三万七、八〇〇円を支出したこと、なお、原告仁二の支出した右各医療費はいずれも国民健康保険を使用した自己負担分であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  入院雑費

(1) 第一回入院分 金一万二、九〇〇円

(2) 第二回入院分 金四、二〇〇円

原告仁二が入院期間中に支出した雑費の額についての的確な立証はないが、一般的にみて、入院期間中においては医療費以外にも相当額の雑費を支出せざるを得ないことは公知の事実というべきところ、諸般の事情を考慮し、入院一日につき金三〇〇円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

そうとすると、右入院雑費の合計額は、第一回入院分につき金一万二、九〇〇円、第二回入院分につき金四、二〇〇円となる。

3  義足、松葉杖関係

(1) 本訴提起前の分 金三、七五〇円

〔証拠略〕によると、原告仁二は前記第一回入院中の昭和四〇年一月に松葉杖一脚を金一、五〇〇円で購入し、同年四月、昭和四一年八月には本件事故により切断した左大腿に装着すべき義足を新調し、自己負担金(残額支給の根拠は証拠上不明)として、それぞれ金一、〇〇〇円、金一、二五〇円を支出したことが認められ、右合計金三、七五〇円が本件事故による損害にあたることは明らかである。

(2) 本訴提起以後の分

(イ) 義足代 金三三万二、四六九円

(ロ) 同修理費 金五万四、七〇九円

本件事故による左大腿以下の切断により、原告仁二は一生義足を装着して生活を送らなければならないことは明らかであるところ、同原告が昭和三二年一〇月生の男子であることは前記のとおり、同原告と被告笹下、同師岡との間に争いなく、厚生省第一二回生命表によれば、昭和四一年一二月二〇日(後記現価額算定の基準日)現在のその平均余命は六〇・七五年である。

そして、〔証拠略〕を総合すると、右義足は成長期にあたる満二〇才ころまでは毎年、その後は四年に一度程度買替えを要すること、現に原告仁二においても本件口頭弁論終結時まで毎年買替えていること、右義足代金は、一本につき、満一五才ころまでの分は金二万三、〇〇〇円、満一六才ころ以後の分は金二万五、五〇〇円程度であること、また、その他に右義足の修理費として若干額を要することが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、〔証拠略〕には、右修理費相当としては一年につき金四、三七〇円を要する旨ならびに右修理等に備え、四年に一度程度予備の義足を買い求める必要がある旨の記載があるが、幾何かの右修理費を要することは否定し得ないにしても、本訴提起前の期間において義足の修理を要したことの立証がなく、したがつて、その間修理費を支出していないことが窺われること等にかんがみ前記金額は多額に過ぎるものというべく、前記昭和四一年一二月二〇日以後の右修理費相当額を平均年額金二、〇〇〇円と推認するのが相当であり、また、予備義足については、右のとおり義足の修理はさほどひんぱんに行う必要がなく、その修理期間中においても、買替えによる旧義足を順次利用することも不可能とは思われないこと等に照し、別途に右予備義足を調整する必要はないものと解する。

そこで、便宜上、昭和四一年一二月二〇日を基準日とし、一二年目までは毎年、以後六〇年目までは四年に一度右義足を買い替えるものとして(価額金二万三、〇〇〇円のもの七本、金二万五、五〇〇円のもの一七本)、年五分の割合による中間利息を控除し、ホフマン式計算法により右基準日における現価を算出すると、金三三万二、四六九円となる。

つぎに、年額金二、〇〇〇円の修理費については、これを前記平均余命の範囲内で右基準日より六〇年間要するものとして、右同様の方法により、同基準日における現価を算出すると金五万四、七〇九円となる。

4  逸失利益

本件事故による左下腿以下の切断により、将来、主として肉体労働に従事する場合の原告仁二の稼働能力が減少したことは明らかである。

しかしながら、〔証拠略〕によると、原告仁二は現に中学校に在学中のものであるところ、義足での生活にも慣れ、水泳等ができないほかは、日常生活にさしたる支障を来たしていないことが認められるところ、同原告の将来の職業等を予測すべき資料はない。

そうとすると、右肉体的労働に従事する場合の稼働能力の低下があつたことのみをもつて、原告仁二の将来の過失利益を算定することは不可能というべきであり、この点は慰藉料の算定にあたり考慮することとする。

5  慰藉料 金三二〇万円

本件事故による原告仁二の負傷の部位、程度、後遺障害の性質、逸失利益算定不能の事情、さらには後記本件事故発生についての同原告の過失、その他本件にあらわれた全ての事情を考慮し、右事故による同原告の精神的、肉体的苦痛を慰藉すべき額は金三二〇万円が相当である。

(二)  原告友吉、同とよの損害について

原告友吉、同とよが原告仁二の実父母であることは原告友吉本人尋問の結果により明らかである。

しかして、原告友吉、同とよは原告仁二の受傷による自己ら固有の精神的苦痛に対する慰藉料の支払を求めているが、一般に、傷害を受けた者の近親者の精神的苦痛は、当該被害者本人の損害が填補されることによつて慰藉されるものとみるべきであつて、ただ、その傷害の程度が極めて重大なため、近親者において、被害者が生命を失つた場合に比して著しく劣らないほどの精神的苦痛を受けた場合に限り、その近親者固有の慰藉料請求権が生ずるものと解すべきところ、本件事故による原告仁二の負傷は未だ右の程度に至つていないことが明らかであるから、原告友吉、同とよの前記請求は失当といわざるを得ない。

五  (過失相殺)

本件事故態様の詳細は証拠上明らかでないが、〔証拠略〕によると、右事故現場は白線により歩車道の区分がされた車道部分の幅員約六・七メートルの平担な舗装道路であり、歩行者、自動車の通行量が多く、見とおしも良いことが認められ、この事実に照すと、原告仁二においては、右道路の横断を開始するにあたり、左右の安全の確認を怠つたものと推認され、この点は同原告の過失と評価され、かつ、本件事故の発生に寄与したものと認められる。

そして、右原告仁二の過失の本件事故発生に対する寄与の割合は、同原告の当時の年令その他諸般の事情に照し、二割と認めるのが相当である。

そこで、過失相殺として、慰藉料を除く前記原告仁二の損害額から二割にあたる額を控除すると残額は金四三万九、七一〇円となる。(なお、慰藉料については、その算定にあたり右原告の過失を考慮したので、さらに過失相殺はしない。)

六  (損害の填補)

以上により、本件事故により原告仁二の蒙つた損害の総額は金三六三万九、七一〇円となるところ、同原告が右事故に関し金九七万円の自賠責保険金を受領したことは同原告の自認するところであるから、これを右損害額に充当すると、残額は金二六六万九、七一〇円となる。

七  (弁護士費用)

原告仁二が本件訴訟追行を弁護士舟橋功一、同山口博久に委任したことは記録上明らかであるところ、事案の内容、訴訟の推移、認容額等に照すと、被告笹下、同師岡において賠償の責に任ずべき弁護士費用は金三〇万円が相当である。

八  (結論)

以上により、原告らの本訴請求は、原告仁二において、被告笹下、同師岡に対し金二九六万九、七一〇円および右金員のうち、前記第二回入院に伴う医療費、雑費を除く金二九二万七、七一〇円について、同被告らに対する本訴状送達の後であることが記録上明白な昭和四一年一二月二一日から、右第二回入院に要した費用である金四万二、〇〇〇円に対するその支出後であることが明らかな昭和四四年四月一日から、それぞれ支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するが、同原告の同被告らに対するその余の請求ならびに被告会社、被告山宮に対する請求および原告友吉、同とよの各請求はいずれも失当としてこれを棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、但書、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 尾方滋)

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